敦賀紀行

本日のブログは「ゴルフ馬鹿」さんからです。
今回は敦賀駅周辺のご紹介になります。

仕事で度々訪れる敦賀の駅の周辺を散歩しました。原発の町の印象しかなかった敦賀ですが、歩いてみると色々面白い発見があるものです。

福井県の南部、敦賀には米原駅から北陸本線の特急で25分、滋賀県との県境のトンネルを抜けると敦賀に到着します。駅を降りると恐竜が出迎えてくれます。敦賀駅は現在、新幹線開通に向けて拡張工事の真っ只中。恐竜も完成を楽しみにしているようです。

日本三大鳥居の一つに数えられる赤い鳥居が有名シンボルの気比神宮。駅から北に5分ほど歩いたところに鎮座しています。晩秋の夕方、鳥居前の木々の葉が夕陽に照らされ赤く色づいていました。敦賀随一のパワースポットです。

港町敦賀は、かつてはヨーロッパへの玄関口でもありました。ストックホルムオリンピックに参加した韋駄天、金栗四三をはじめヨーロッパに向かう人は、まず、敦賀港からウラジオストックにむけて出航しました。また、戦前、戦中に戦火を逃れたポーランド、ユダヤ人の難人たちを暖かく受け入れたのも敦賀港です。現在、敦賀港と隣接している金ケ崎公園は市民の憩いの場になっており、当時の面影を偲ばせる様々な施設も残っています。

金ケ崎公園のそばの小高い山(天筒山)は、戦国時代を舞台としたドラマ、映画等でなじみの深い古の古戦場址です。金ケ崎の退き口。織田信長が、越前の朝倉義景と近江の浅井長政に挟み撃ちにあって敗走した戦の舞台になった城址です。しんがりを務めた木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が武功を挙げ、一躍出世街道を駆け上がる足がかりとした戦いとしても知られています。現在、城址を含む一帯の山はハイキングコースとしてきれいに設備されています。山頂からは日本海や敦賀の町を一望できます。

天筒山山頂から西の方向、港の先に見える円弧状に広がる砂浜と松林が、敦賀のシンボル、気比の松原です。三保の松原と並ぶ日本を代表する松原です。訪れた日はあいにくの曇り空でしたが、晴れていればきれいな日本海を見渡せていたでしょう。

敦賀は幕末の凄惨な事件の終焉の舞台となった地でもあります。昨年放送された『晴天を衝け』でも描かれた水戸天狗党の乱。尊皇攘夷の志の基、水戸藩の武士達によって結成された天狗党。一橋慶喜を頼り、上京を試みるも、慶喜が討伐に向かっていることを知り、この敦賀の地で降伏。身柄を幕府に預けられるとニシン蔵に閉じ込められた後、処刑されます。処刑場となった場所は松原のすぐ近く。武田耕雲斎等の墓としてきれいに保存されていました。